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  高知ひろめ市場 誕生秘話−1

ひろめ市場がオープンした日は平成10年10月17日です。私がこのひろめ市場計画が頭に浮かんだのはオープンから約10ヶ月前の平成9年12月中旬に高知城を夕方ジョギングしていたときに、突然ひらめき、事務所(有限会社 帯屋町2丁目)に戻り、頭に描いたとんでもない計画をともかくメモりました。

その頭に浮かんだ計画とは、その頃ひろめ市場の場所は駐車場(約160台)として営業していて、1ヶ月の売上が約600万円ほどで、しかもこの土地は敷地1200坪ありバブル期の地上げが完全に終わらない状態でバブルがはじけ、最終の持ち主は東京ミサワホームしかも経営難状態!
そこで政府の救済機関である民都機構が条件付き(※条件とは10年間の買取で10年後は同額買戻し)でこの土地を所有する。損得の関係ない民都機構が所有しているのなら、商店街が提案する計画には話にのるのでは?と考えたのです。

当時、帯屋町2丁目振興組合の理事長をしていた私は、街が行政等に「何かをしてもらう・助けてもらう」が大嫌いで、自分たちの街は自分達で守り攻めるが私の考えでした。他の理事は賛成者あれば反対者もあり、意見を聞くとまとまらない、だから今回浮かんだ計画は商店街は看板だけにして、実態は商店街の組合員有志で創った、有限会社 帯屋町2丁目に主体を置き、計画を実行に移していきました。

まず、この計画がはたしてこの場所で可能かどうか?
土地を上手く借りれるかどうか?
問題点と可能性を分析し戦略を立てました!

私が最初に計画したことは、『どんなモノを創れば人が集まるか?』でした。

高知ひろめ市場 周辺図その時の帯屋町2丁目商店街は中心街でも西の端、「高知の台所」大橋通商店街(食料品販売)と隣接、近くには高知城と日曜市(週1回開く街路市)そして学校(小・中・高)があり、更に西を見ると県庁・市役所等の官庁があります。
商売の場所としては悪くはないのですが、流行モノ【買いまわり品】は食料品の街が連結している事もあり、もより品や年配向き衣料品の店が多い町でした。
私の店も親から引き継ぎこの街に3店舗あり、高級婦人服や靴・バッグ等の販売店と若者をターゲットにした店舗を営業していました。

この街は戦後に出来た街で全国でもまだ少なかったアーケードを設置、小さな百貨店と食料品街に囲まれた、大繁盛していた街でした。
その後高度成長期やオイルショック・バブルと時代が過ぎ、近年は何処の商店街も同じ数々の問題が街を衰えさし、街の役員はもちろん行政も何らかの手立てを考え、悩む日々が繰り返されていました。

平成9年頃は超大型店が計画され、規制緩和の風はこ商人には逆風!更に各商店は店主の高齢化が進み、後継者が居ない店舗が多く、新規事業計画(ポイントカード)等もスタートさせるも参加店は少なく、参加した店舗にはお客は利用せず、と何を考え計画しても「先が見えない」街がありました。

しかもこの年には我が商店街と反対の場所にある、はりまや橋商店街(旧中種)を中心とした大規模な再開発が決定!【地下駐車場・木造アーケード新築・はりまや橋公園整備】とうらやましい計画が、高知市、商店街から発表され、私としては置き去りにされた感がありました。
そして帯屋町2丁目の組合員にも「さらに寂れる」との声も聞こえ、理事長をしている私は、何とかしようと毎日考えていた時に“ひろめ市場構想”が浮かんだのです。

では、どうやってこの計画が頭に浮かんだのか?!

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